グラフィックデザイナーの経営者的日々::Viju_log::

SOHOフリーランスグラフィックデザイナの日常。
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奇跡に近い巡り会い
いろいろと事件はあるのだけれど、とりあえず、予告通り前回の続きを書くとしましょう。

塩飽寮というのをご存知の方はいらっしゃるでしょうか。Viju_log読者には2人くらいいるかと思います。その前に『塩飽』の説明をしておきます。

塩飽諸島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
塩飽諸島(しわくしょとう)は瀬戸内海に浮かぶ諸島。
塩飽島(しわくじま)とも呼ばれ、瀬戸内海の中でも、岡山県と香川県に挟まれた西備讃瀬戸に浮かぶ大小合わせて28の島々から成り(岡山県側は笠岡諸島)、名の由来は「塩焼く」とも「潮湧く」とも言う。戦国時代には塩飽水軍(しわくすいぐん)が活躍し、江戸時代は人名(にんみょう)による自治が行われたが、近年は過疎化が進んでいる。

塩飽諸島のなかでも、本島、広島、与島、櫃石島、手島、高見島、牛島を塩飽七島といいます。

先日、ドリームビスの花見で初めてお会いしたある方が、県内屈指の進学校、丸亀高校→東大出身だとの自己紹介で、失礼極まりないViju様からの愛のツッコミ
「どこのトーダイなんですか?」
に対しての答えが
「櫃石のトーダイ(灯台)です」
「あたしは本島のトーダイ(灯台)です」
などと超ローカルギャグでふざけていました。(初対面なのにっ!)

そうして話が進むうちに、そのテーブルにいた9人のうち、その東大出身の彼と、私と、もうお一方の3人が『塩飽寮』出身者だと判明したのです。

ああ、ここで塩飽寮の説明をしなくちゃいけませんね。

みなさんは高校のとき、何通学でしたか? チャリ通、バス通、電車通…。船通の方はいらっしゃるでしょうか。

島の子は、一部可能な場合船通学でした。瀬戸内海特有の濃霧のときには船が出ないので遅刻や欠席になり、帰りの船便も限られているため、たいてい帰宅部でした。

船便に間に合う島と学校の組み合わせは限られていて、それ以外の子は、なんらかの方法(親戚の家に下宿など)で通学可能なところに住むことになります。

そんな都合良く親戚の家などない生徒のために、出資・運営管理のことはよく知りませんが、寮があります。それが塩飽寮です。塩飽7島から、丸亀、坂出、善通寺などの各市にある高校へ通う高校生が、怖い寮長先生と寮母さんの監視のもと、暮らしていました。

今はどうかわかりませんが、わたしがいたころは、島の子以外でも、野球部などで練習が早朝深夜に及ぶために通学に困難をきたすような陸地部在住者もいました。

島の中学生は人数がかなり少ないですし、そこから塩飽寮に入る人数もそれほど多くありません。本島出身の同期は確か二人だったと思います。そんな、僻地出身者で塩飽寮出身者が、その花見の席に3人もいたのです。『塩飽寮』という言葉自体、この前いつ使ったのか記憶にないくらい、ある意味新鮮なほどでした。

今までの人生で塩飽寮出身者と出会ったことはありませんでした。この席に3人いるか!という衝撃がありました。もっとも、隠していたり敢えて名乗ったりしない人もいるので、もしかしたらすれちがっている人もいるのかも知れませんが。

その東大出身者は明らかに年代が違うのでアレですけど、もう一方はもしや同時期に塩飽寮にいたのでは?という疑惑(?)。でも歳がばれるので確かめられないでいます(>_<)

ドリームビスの人の出会い、侮れん!




いつも投票応援ありがとうございます。

あ、トーゼンですけどあたしは東大へは行ってもいないし受験もしていないですf^_^;
コメント
この記事へのコメント
塩飽寮でエライ盛り上がってましたねぇ~!!笑
でも、記事の説明文見て納得しました。

それにしても…、どんなことがあっても年齢は知られたくないみたいね。しまいに探偵雇うぞ!!笑
2008/04/10(木) 01:53:02 | URL | H #-[ 編集]
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